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2014年4月初公開
『小説家になろう』のサイトでも仲よくしていただいているアザとーさんが主催された、参加者全員が同じお題で物語を書くという企画に乗せていただきました。2018年5月現在でも、同タイトルのお話を上記サイト内で9名(9作)読むことができます。それぞれの持ち味を生かしたものばかり。私は? うん、まあがんばりました。
とある大学の教授と教え子たちの日常(?)風景です。サバゲー要素あり。
あらすじ――私の名はカンザキキョウスケ。大学で生存種探究課の教授を勤め、サバイバル人生講座を担当して10年になる。そして、この時期になると必ずと言っていいほど、命を狙われる――
キーワード #大学 #教授 #コメディ #サバゲー
◆ ナンバー12 山岸
私の名はカンザキキョウスケ、キョウは狂気の狂、とよく言われるが『うやうやしく』の恭である。スケは介護保険の介。
ここ国立某大学教養部生存種探求課の教授であり、2年必修の『サバイバル人生講座』を担当して10年になる。
この時期になると必ずと言っていいほど、命を狙われる。
課題が課題だからだ。
すなわち
『担当教官の神埼恭介を学内にて襲撃し、生命を奪うことなく肉体的または精神的にダメージを与えよ』。
若者たちは無謀だ。わざわざ『生命を奪うことなく』と明記されているにも関わらず、全力でぶつかってくる尻の青い奴が多い。
また、夢中になり過ぎて『学内にて』という条件もうち忘れ、夢中で私を襲おうとするあまり学外で逮捕されてしまう学生も何人か出ている。
2年でこの授業が必修となるのは約20名、そのうち毎年7割くらいがどうにかこの課題をクリアできる……本当にギリギリの線で。
あとの3割は課題がこなせず、単位が取れず留年、もしくは泣く泣く他の専攻に移る。
それでもやはり、若者たちは無謀だ。それが彼らの特権なのかも知れないが。
今日も何か、きな臭い予感がする。
「神埼先生、お茶が入りました」
秘書の澄川がヒールの音も高く部屋に入ってきた。
私は素知らぬ顔をしてカップを受け取る、が口はつけない。
「どうされました先生」
「きみは澄川君ではありません、よってこのお茶は頂けませんね」
澄川、ではないその人物は突然がばっと顔を剥ぐ、建築デザイン課の3Dプリンターで作られた急ごしらえの立体マスクが勢いよくはがされ、中から倍近い容量のむっちり顔がむき出しになった。汗もしとどだ。
12番山岸シゲオはぜいはあしながら「な、なぜ判った」と後ずさりする。
べき、とヒールの片方が折れてずっこけそうになった。
「澄川君の形態模写はさすがでした、一発芸キングと呼ばれているだけの力量は認めましょう、ただし」
びしっ、と指を突きつけると彼はさらに後ろによろめいた。
身体にぴっちりしたワンピースがめりめりと裂ける。身体全体もコピーで作ったらしく、膝がしらがぱっくりと割れて奴の中身がはみだしてきた、脇や腹のあたりも少しずつ裂け始め、ゴムボールに詰まった肉色の羊羹が外に押し出されつつある、そんな様相を見せ始めている。案外気味の悪いものだ。
しかしこんな情景も初めてではない、私には十分想定範囲内なのだ。
「私の鼻が利くのは、講義でも何度か触れた筈、大きなヒントですよ。私はその樹脂の匂いには人一倍敏感です、次に、澄川君のお茶はいつも一煎目の香ばしいものですが、きみの運んできたお茶は二煎目以降、香味が飛んでいます、かすかに薬品臭もする、下剤でしょう」
山岸は力なくうなだれる。そこに更に追い撃ちの一言。
「それにきみは……ワキガが匂いすぎる」
山岸はがくりと膝をついた。
澄川君を模した形よいバストがずるりと太鼓腹にまでずり下がった。
「12番、ヤマギシ・シゲオ 課題は不可です」
またひとり、留年が決定した。
◆ ナンバー09 細江田
もちろん公正を期すために、『精神的ダメージを与えたか否か』にも厳密な基準と判断材料が明らかにされている。
学校の構内に一歩足を踏み入れるや否や、私の体温、心拍数、呼吸数、血圧のモニタリングが開始され、課のメイン教室前掲示板とサバイバル人生講座受講中である学生たちと秘書との携帯に常時配信される。
学生からの攻撃があってそれらデータが一定範囲から逸脱した時に、私の端末に
『yes or no』
の表示が現れる。私がnoを選んだ時、自らの負けを認め、学生は課題をクリアした、ということになるのだ。
私はかなり忍耐強い、少しくらいのショックや痛みで心拍数が変わるということはまずあり得ない、それに精神的にも安定しており、常に冷静だ、それは感情というものに常に押し流されることがないからだ、例えば……
「きょ、お、じゅうぅぅぅ」
今年度もこういうパターンが来ると思っていた。
私は扉を開けたロッカーの中を平然と見守る。
私のロッカーの中には多分バラ科の植物であろう甘ったるい強い匂いが渦巻いており、四角い空間一杯に、薄いすべすべした下着一枚の女性がつま先立ちで収まっていた。
「教授、はっぴーばすでー・つー・ゆー♡」
09番、細江田(ほそえだ)理紗(りさ)。専攻の中では最も美人でスタイルもよい、との評判高い学生であった。性格も積極的で勉学にも熱心、誰からも人気がある。
そんな彼女がほんの少し頬を赤らめながらも、ほとんど裸と言っても良いような格好で狭い空間に詰まっているのは、普通ならば男は、いや、女でもかなり動揺してしまうだろう。
しかし、これすら私には想定内であった。色仕掛けは効かない、とこれも講義で伝えたはずなのに、さすがの細江田でもダメ元などと思ってしまったのであろう。
細江田は胸に挟んであった棒状のキャンディーを、ルージュの光る唇ですっぽりと咥え込み、意味ありげな目線で舌を使いながらそれを上下させつつねちっこく舐めている。
「きょうじゅも、いかがれすぅ?」口に物を入れたまま、彼女は白い腕で私のきっちり整えた髪を抱えるように頭を抱き寄せた。
「悪いですが……」胸に押さえつけられて私の声はくぐもる。しかし、脈拍は変わらない。
「経口接触による虫歯菌の感染が心配なのでそれはお断りします、それに、この秋口の肌寒い時期にいくら校内でエアコンが効いているとは言え、そのシュミーズにパンツ一丁というのは明らかに体温調節に不向きでしょう、しかも課内とは言え、誰もが通る廊下でその格好は不謹慎でしょう、シュミーズにパンツ一丁……」
「……ベビードール・ランジェリーにスキャンティです!」
かなり気を悪くしたようだ、細江田の声が低くなる。「高かったのに!!」
「それに私の誕生日は1月1日、まだ先です。それとついでにアナタは私の買い置きしてあるうまか棒めんたい味の30本パックの上にしっかり乗って半分以上を踏み潰しています」
細江田は腕をようやく前に出し、端切れのような小ぶりのパンツに挟んであった携帯端末を確認。
私の心拍数などのバイタル・データに何の変化も無いことを確認し、むっとした表情のまま、ロッカーから出ようとした。だが、
「あ……ら」無理やり入ったのだろう、どこか引っかかってびくともしない。
「た、助けて」ロッカーから身を引きはがそうとするたびに、足もとのスナック菓子がメリメリと割れる音が響く。「イヤ~!」
澄川くーん、と私は久々に大声を出す。はーい、と秘書が慌てて飛んできた。
「どうされました? 何かありました?」バイタルは正常ですのに、とやはり携帯を見ていたので私はロッカーを指した。
澄川君は一瞬、目を見開いたもののさすがに慣れたものですぐに穏やかな笑顔に戻り
「うん、大丈夫すぐに出してあげるからね、ええと、細江田さん、だよね」
低く落ちついた声で、パニックに陥りかけた細江田にゆったりと優しく語りかけながら救出作業へと入っていった。
「ぱんつが脱げないように気をつけてやってくれたまえ、澄川君」
「すきゃんてぃーですってばぁぁぁぁ」彼女の喚き声がいつまでも廊下に響いていた。
それから暫らくして、澄川君に命じてロッカーの扉にこのような掲示を出した。
『他人のロッカーを開けたり、内容物に触れたりしないこと。
身長158センチ体重55キロ以上または身体の一部分が極めて発育している者の内部侵入を固く禁ずる
また、内部の私物を壊したり傷付けたりした者は無条件で弁償(2倍)するものとする』
二週間後。
細江田は少し痩せたようだった、しかし、単位はまだ、取れていない。
◆ ナンバー02 芥川、09 細江田、15 水無月、そして18 南
20時38分、帰宅時のこと。
敷地外まであとおよそ30メートルほど、という地点で3人に襲われた。
これも想定内ではあった、私は左に大きく2メートル以上跳び、植え込みの中にもぐりこんだ。
すぐ脇、スズカケの幹に細みのナイフが突き刺さる、二本、三本。
生命を狙っているとは微妙に言い難い短い刃渡り、しかしこんなものがまともに当たったらいくらタフな私でも肉体的ダメージは相当なものであろう。
バイタルデータは、心拍数などの変動だけでなく、出血などの外科的変化にも対応している。襲撃による出血、嘔吐などに伴う体液他の放出、その場合は、私の『敗北宣言』は無くともすぐに私の負けが判定されてしまう。
心拍数は訓練により数秒で下がる、私はつとめて冷静に状況を把握すべく、かけている眼鏡のモードをすぐさま赤外線対応に替える。
暗がりの中に3つの影。次は鼻をきかせる、ひとりは先日課題遂行に失敗した細江田理紗、相変わらずバラ科の植物の花が匂う、夜道で人を襲うのならば絶対に犯してはならないセオリーだ、香りを身にまとうべからず。
もう一人も女子、02番芥川芳子、小柄な学生で、こちらからは臭いはしない、成績もそれなりに優秀な細江田以上、しかし体温が高いので把握は簡単だった。
三人目は男子、15水無月ガブリエル俊介、ハーフの学生で上背がある。体温もかなり低く、しかも音を立てずに歩くプロだ、進級当初から気をつけていた学生のひとりだった。
この三人とはまともにやり合いたくない。私は『ロープ』、すなわち学外に逃げる道を選択した。学外に逃げたとしても、教授側に減点がないのが私には有利である。
しかも、早く家に帰って風呂を浴びたく感じていた。私は隙をみて
「!!」
前方の通用門に向かってダッシュ。言っておくが私は短距離も長距離も得意だ。
「教授が逃げたぞ!」水無月の押し殺した声、「ナイフを!」
声とほぼ同時に空気を切り裂く音が耳元に響く、とんでもない数のナイフが私めがけて飛んできたようだ、よけきれるか? 最後、ダイブするよう大きく門扉外の階段下に身を投げ出し、そのまま前に転がる、そしてもう一回転、一般道へとまろび出た。
「諸君、判定を下しましょう」
何とか立ち上がり、私はまだ構内に呆然と立ち尽くす三人に向かって言った。
「02番芥川君、合格。あなたの二投目が左太ももをかすりました」ひっ、と息を呑みながらも芥川、「あ、ありがとうございます」と上ずった声で言い、歓声ともとれるため息をついた。ほんのかすり傷だが、私相手にまあよくやったと言ってよいだろう。
「09番細江田理紗君」細江田がごくりとつばを飲んだのが聞こえた。
「合格。最後の一投が背中に刺さって抜けませんので」
刺さりっ放しなので出血はしていない、しかしこれはかなり大目に見てやった。
前回敗北の屈辱を味わった彼女も、震える声で感謝の意を述べる。
「先生!」水無月が叫ぶ。「僕のは刺さっていませんか?」
「15番・水無月君、残念ながら」私は右肩近くから一本を抜きながら答えた。
「肩を傷つけましたが、これは私が学外に出てから刺さったものです、よって課題は不可」
がーん、感情も交えずそうつぶやいた水無月に、私は珍しく一言だけ
「今後の健闘を祈ります」
そう告げた、その瞬間。
がすっ、と激しい衝撃を道路下手側から喰らう、歩道に立っていたはずなのに、なぜか突っ込んできた原付に思い切り撥ねられたのだ。
意識を失う瞬間、声が耳に入った。「ご、ごめんなさいもしかしてカンザキ先生? うっわ、どーしよごめんなさいすみませんバイトに行く途中だったんですうぅぅスリップしちゃって」
この声に聞き覚えがある、受講生の中でも格段の問題児、ドジっ子グランプリと折り紙付きの18番・南奈美恵だった。
あちゃ~ミナミンまたやっちまったよー、と水無月が走ってくる足音、アタシ救急車呼ぶ! と叫ぶ芥川の声等がだんだんと遠くなっていく。
そうして、私は講義以外の不慮の事故でそこから半月以上入院を余儀なくされたのであった。
もちろん、南をそんなことで合格にするはずは、ない。決して。
看護師は私が搬送時うなされていたと言う、
「学外だ、学外、卑怯だぞコムスメ」
と。そんなことはない、決して。
◆ ナンバー18 南ふたたび
ようやく退院できた。
仕事が山積みなので、私は病院からそのまま大学に向かう。
教養部生存種探求課に戻り、自分のロッカーを開けようと手をかけた。
想定外だった。
中には、目も口もまん丸にした南奈美恵がぴくりともせずに収まっていた。
「な……」誰かが失敗した事を、しかも禁じ手を再び使うという学生はほとんどいない、しかし私は南を完全に読み違えていた。
「あの」南はようやく声に出した。鼻にかかるような甘い声、しかも、白い飾り気のないタンクトップに白いパンティ一丁という、こちらもまたギリギリな姿、足もとに実習服が丸めて置かれている。それを踏む、すんなりした素足、ペティキュアは桜色だった。
鼓動を鎮めるのに2秒以上かかってしまったが、私も何とか冷静な口調に戻す。
「何をしているんですか? ロッカーを開けるのは禁じましたが」
「あああのすみません話せば長くなるんですが更衣室で着替えてたら実習服を教室に忘れたのに気づいて誰もいなかったのでそのまま取りに行って帰って来る途中で足音がしてそれで」
「何を言ってるんですか、君は」何故だ、この声を聞いているとなぜか落ちついていられなくなる。
「それでここを開けて入ったと?」
「いえ!」真剣な表情で右手を上げてみせた。
「開いてたんです! だからつい飛び込んで私は閉めただけです」白い二の腕の内側がちらりと見え、また私の鼓動が飛ぶ。
「まさか先生がおいでになるとは……今日ご退院と伺ってたのでサプライズプレゼントを、と思って早く来たんですが……すみません! あの節はご迷惑おかけしましたしお詫びも兼ねてあの、」
泣きそうなのか、大きな瞳がうるんでいる。
「キ、君は張り紙を読まなかったのですか」私の声は裏返っていなかっただろうか。
「もちろん張りだされた時に読ませて頂いてます、でもよく考えると私身長157.9ですし、体重もハッキリ言いたくないですが基準クリアしてますし身体のドコもつるんぺたんで発達してませんし」
「見せない! そこ見せないで!」まずい、常態維持が困難になりつつある。
「ごめんなさい! それに中身には一切手を触れてません、ギリギリ立ってますしあああっ」そこで頭から長い銀色のピンが滑り、留めてあった長い髪がすらりと落ちかかる、彼女は大声を上げてそのピンを止めた、が、髪は更になだれ落ちてきた。「きゃああっ」
慌てふためく彼女はバランスを崩し、私に身を投げ出すように前に倒れる、私も普段ならば彼女くらいは片手で止められるが、ようやく無理して退院してきたばかり、どおっと押し倒されてしまった。
「せ、せんせい」馬乗りになったままの彼女の激しい鼓動が、シャツ越しに私にまで響いてくる。彼女は銀の簪のようなヘアピンをなぜか私の目の前にかざしたまま、凍りついている。
「だ、大丈夫ですか? すみません、重ねがさね、あの、あの」もう駄目だ。
私はヘアピンを握っている彼女の手首をしっかと握り、自分の方に近づける。
「え……っ?」
されるがままの南、私は彼女の手を持ったまま鋭く尖ったピン先を自らの頬に滑らせた。左目の少し下、やや力を入れて。痛みが走り、少しして、ぬらりとしたものが頬を伝い落ちる。
「先生!」息をはずませる南の下で、私は言った、できるだけ冷静に、
自らが崩れる寸前に。
「血が流れましたので、18番南奈美恵君、課題はクリアです」
全快祝いは唯一の友人である良知と二人、いつもの居酒屋、カウンターの片隅で行われた。
二人とも、ここまで呑んだのは学生時代以来だったろう。
色々な話をした、お互いの学校の事、授業や他の教授についてのあれやこれや、学生の様子……良知も他大学で教鞭をとっている、厳しい教官だ、学生にとってはかなりの難物であろう。それを知っているからこそ、私も負けてはいられない。
感情がないから故ではない、彼に対する強い友情、ライバル心こそが私を私たらしめる主たる所以である。しかし……
「出来の悪い学生、お前の所にもいるって言っただろ? 前に言ってただろ恭介、南とかヒガシとかいうどーしょーもない落ちこぼれに手を焼いてる、ってさ」
彼女のことだけは、なぜか素直に話ができない。私はとぼけてみせる。
「ああ? そんな話したか、まあ、まだ粘ってはいるけどな。南奈美恵、と言うんだが」
「今回も補習なのか? さっさと落第させればいいのに」
「そうしたらまた来年つきあわねばならん」それもいいかな、とどこか頭の片隅で思って私はどきりとする。よかった、モニターはもうとっくに取り外してあった。
珍しく酔っぱらったらしい。良知は声を張り上げた。
「だよな。また翌年もつき合うなんぞ時間の無駄だし。
まあ、昔からお前にも言ってる通りさ、俺の脳内辞書には、できの悪い子ほど可愛いという言葉なんて無いんだ、お前もなんだろ?」
私は杯を取り上げて彼に掲げ、そして言った、涼しい顔のまま。
「全く、その通りだ」
何度目かの乾杯をしながら思う。
もう少し、彼女と闘ってみようか、と。
了